大阪地方裁判所 平成4年(ワ)9624号 判決 1995年10月17日
原告 大勝電工株式会社
右代表者代表取締役 黒岡勝美
右訴訟代理人弁護士 上田裕康
塚本宏明
宮崎誠
田端晃
松本徹
上田裕康訴訟復代理人弁護士 尹英和
被告 株式会社さくら銀行
右代表者代表取締役 橋本俊作
右訴訟代理人弁護士 永原憲章
藤原正廣
被告 日本生命保険相互会社
右代表者代表取締役 伊藤助成
右訴訟代理人弁護士 坂本秀文
山下孝之
長谷川宅司
織田貴昭
松本好史
長谷川宅司訴訟復代理人弁護士 井藤公量
櫻田典子
主文
一 原告の請求をいずれも棄却する。
二 訴訟費用は原告の負担とする。
事実
≪省略≫
理由
一 請求原因1及び3の各事実は当事者間に争いがない。
二 事実経過
成立に争いのない≪証拠省略≫(≪証拠省略≫については、一部)、≪証拠省略≫、証人黒岡佳子、同仲野広巳の各証言により真正に成立したものと認められる≪証拠省略≫(ただし、原告と被告銀行との間においては成立に争いがない。)、証人太田敏夫の証言により黒岡佳子の作成に係るものとして真正に成立したものと認められる≪証拠省略≫、証人太田敏夫の証言により真正に成立したものと認められる≪証拠省略≫、証人森啓吉の証言により真正に成立したものと認められる≪証拠省略≫、証人黒岡佳子(ただし一部)、同森啓吉、同太田敏夫及び同仲野広巳(ただし一部)の各証言並びに弁論の全趣旨によれば、以下の各事実が認められる(一部、争いのない事実を含む。)
1 本件融資契約及び本件保険契約に至る経緯
(一) 原告は、昭和六二年二月当時、被告銀行との間で、三宮支店(当時の名称。現在の三宮南口支店。)を通じ、預金及び手形割引の取引をしていた。
なお、原告は、右当時までに有価証券取引の経験もあったが、その銘柄は取引相手先のものであった。
(二) 被告銀行三宮支店は、右当時、支店融資取引の採算向上のための対策を図っていたが、その一つとして、運転資金ではなく、資金使途を被告銀行側で特別拘束しない、いわゆる「使途自由」な資金の借入を推進することとした。当時の同支店の行員であった瀬戸崎は、右借入先として原告が適当であると考え、当時の副支店長の森とともに原告本社を訪問したりしたが、借入の折衝は、瀬戸崎が担当していた。
右折衝に当たり、原告側では、原告代表者の妻であり、原告の当時の専務取締役である佳子が応対していた。佳子は、従前から、原告の総務関係(原告従業員の厚生年金及び健康保険の管理等)と経理を担当しており、原告と被告銀行との取引に関する交渉も行っていた。
(三) 原告は、当初、被告銀行から借入をすることには消極的であった。しかし、瀬戸崎は、借入金を投資資金として利用すれば有利に運用でき、節税対策にもなると説明し、その一例として一時払い養老保険による運用を提案したことがあった(≪証拠省略≫)。なお、右提案がなされている間に、佳子が、瀬戸崎に対し、保険に加入すべきかどうかの判断ができないので、顧問税理士に相談したい、税理士宛にも提案書を送ってほしいと述べたので、瀬戸崎が、右提案書のうち少なくとも一通を、仲野税理士にファックスで送信したこともあった(≪証拠省略≫)。しかし、≪証拠省略≫に係る運用提案は、瀬戸崎が被告銀行の融資取引採算向上策の一つとしての長期資金導入案を提示するに当たって、一時払い養老保険の運用をセットにした案の形で示したものであり、原告が一時払い養老保険に加入すること等の事実を既定の前提としていたものではなかった。
その後、佳子から、瀬戸崎に対し、もっと利回りのよい運用方法がないかとの申し入れがあったことから、瀬戸崎は、変額保険による運用案を提示するようになり、その結果、昭和六二年四月一〇日ころには、原告が変額保険で資金運用をすることとし、右資金については被告銀行からの融資でまかなうことの了解を原告から得ていた(≪証拠省略≫)。そこで、被告銀行は、原告に対し、被告日本生命を紹介することとした。
2 太田の説明内容と書類の交付
(一) 太田は、昭和五一年七月一二日、生命保険募集人登録を受け、同六一年一〇月一日には変額保険販売資格者登録を受けていた。
太田は、前記の被告銀行の紹介を受け、昭和六二年四月一八日ころ、原告本社を訪れ、佳子に対し、変額保険について簡単に説明したが、次回訪問時には適当な保険料額で作成した保険設計書を持参しようと考え、佳子及び真司の生年月日を佳子から聴取し、更に、佳子に対し、有期型変額保険のパンフレット(≪証拠省略≫と同じもの)を交付して、原告本社を辞去した。
なお、右パンフレットには、「変額保険とは、保険料が一定で、保険金額が特別勘定の資産の運用実績に基づいて増減する生命保険です。」「特別勘定とは、変額保険に係る資産の管理・運用を行うもので、他の保険種類に係る資産とは区分し、独立して管理・運用を行います。運用対象(は、)上場株式、公社債等の有価証券を主体とした運用を行うこととし、具体的投資対象は国内外の経済・金融情勢、株式・公社債市場の動向等を勘案して決定します。※ご契約者は、経済情勢や運用如何により高い収益を期待できますが、一方で株価の低下や為替の変動による投資リスクを負うことになります。」、「変動保険金の金額は、運用実績によって月々上昇します。」、「変額保険は、運用実績が良好であれば、お受取額は基本保険金を上回りますが、運用実績が思わしくない場合には、基本保険金を下回る場合があります。」との記載があり、更に、三〇歳の男性における、一〇年払込、一〇年満期、基本保険金一〇〇〇万円の契約例につき、「変額保険の仕組」として、契約時に定める死亡・高度障害の際の基本保険金は最低保証されるが、保険金は、運用実績により増減する前月末の積立金をもとに毎月一日に計算され変動し、それに応じて、満期保険金額も変動し、前記基本保険金を上回る場合もあれば、これを下回る場合もありうることをグラフで示した上(右グラフの下には、「この満期保険金には、最低保証がありません。(基本保険金額を下回ることがあります。)」との記載もある。)、「この保険は運用実績に応じて保険金額が変動します。したがって、下図のように保険金額は上下し、一定ではありません。」との記載があり、また、「特別勘定の資産の運用実績例表」として、経過年数三年、五年及び一〇年に応じて、運用実績が九パーセント、四・五パーセント、〇パーセントの各場合につき、死亡高度障害保険金及び解約払戻金がいくらになるかが記載された表があり、「変額保険は保険金額・解約払戻金額が変動する仕組の保険ですが、保険の内容、特質をご理解していただくために下記例表を掲載しています。この例表の数値は、当商品のパンフレットにもご説明のとおり、運用実績および配当実績により変動(上下)しますので、将来のお支払額をお約束するものではありません。」との記載がある(なお、≪証拠省略≫は、「エクセレントニッセイ変額保険(有期型)」に関するパンフレットであるが、前掲≪証拠省略≫によれば、「エクセレント」とはニッセイ変額保険(有期型)の愛称であり、また、本件変額保険(「ニッセイ変額保険(有期型)キーマンプラン」)は、前記変額保険と内容はほとんど同じで、法人を対象とする点のみ異なるに過ぎないことが認められるから、実質的にみて、両者に差異はない。)。
(二) なお、当時、被告日本生命は、法人向けの一時払い保険としては、一時払い変額保険のみを扱っており、一時払い養老保険は扱っていなかった。
(三) 太田は、昭和六二年四月二〇日ころ、被保険者を佳子又は真司とし、右各人につき、基本保険金額を一億四〇〇〇万円とした場合の保険料額及び特別勘定資産の運用実績(九パーセント、四・五パーセント及び〇パーセントの各場合のもの。)を機械で印字した保険設計書各一通(≪証拠省略≫と同じもの)を作成し、これを持参して、原告本社を訪れた。そして、太田は、佳子に対し、保険給付の内容につき具体的に説明し、変額保険の仕組み、すなわち、株式で運用すること、株式の比率は三〇パーセント前後であること、右運用の実績により保険金及び解約返戻金が大きく変動すること、保険の解約は満期前のいつでも可能であることを説明し、更に、特別勘定資産の運用実績が九パーセント、四・五パーセント及び〇パーセントの各場合の保険金及び解約返戻金の額について、前記保険設計書中の表を示しながら説明した上で、右保険加入を勧誘した。
右の太田の説明及び勧誘に対し、佳子は、保険に加入すべきかどうか、加入するとしてどのくらいの額にすればよいのかについて、判断できない様子であった。佳子は、太田に対し、原告の顧問税理士と相談してから決めたいので、改めて税理士が原告本社に来る日に説明に来てほしい、と述べた。そのため、太田は、佳子に対し前記保険設計書を交付して、原告本社を辞去した。
なお、前記保険設計書には、被告日本生命を保険者とする本件変額保険契約に関する説明が記載されている。すなわち、「変額保険の仕組」として、契約時に定める死亡・高度障害の際の基本保険金は最低保証されるが、保険金は、運用実績により増減する前月末の積立金をもとに毎月一日に計算され変動し、それに応じて、満期保険金額も変動し、前記基本保険金を上回る場合もあれば、これを下回る場合もありうることをグラフで示した上(右グラフの右横には、「この満期保険金には、最低保証がありません。(基本保険金額を下回ることがあります。)」との記載もある。)、「この保険は運用実績に応じて保険金額が変動します。したがって、下図のように保険金額は上下し、一定ではありません。」との記載があり、また、「特別勘定の資産の運用実績例表」として、経過年数に応じて、運用実績が九パーセント、四・五パーセント、〇パーセントの各場合につき、死亡高度障害保険金及び解約払戻金がいくらになるかが記載された表があり、「変額保険は保険金額・解約払戻金額が変動する仕組の保険ですが、保険の内容、特質をご理解していただくために下記例表を記載しています。この例表の数値は、当商品のパンフレットにもご説明のとおり、運用実績および配当実績により変動(上下)しますので、将来のお支払額をお約束するものではありません。」との記載がある(なお、≪証拠省略≫は、「エクセレントニッセイ変額保険(有期型)」に関する設計書であるが、前記(一)のパンフレットについて考察したのと同様に、実質的にみて、両者に差異はない。)。
(四) 太田は、昭和六二年四月二五日ころ、佳子の連絡を受けて、本件変額保険の契約申込書(≪証拠省略≫。ただし、保険金額を一億四〇〇〇万円とした、訂正前のもの。)と「ご契約のしおり―定款・約款」と題する書面(≪証拠省略≫と同じもの)を準備して、原告本社に佳子を訪ねた。これに対し、原告側は、佳子とともに仲野税理士が同席していた。仲野税理士は、太田に対し、本件変額保険につきいくつか質問をしたが、太田は、仲野税理士が「特別勘定」という用語を使ったり、運用投資先があることを前提とする質問をしたことから、同税理士が変額保険の内容につき理解しているものと考えていた。太田は、佳子及び仲野税理士に対し、既に佳子に交付済の前記パンフレット及び保険設計書を示しながら、本件変額保険につきその特質(株式で運用すること、特別勘定の株式運用の比率は三割程度であること、右運用の実績により保険金及び解約返戻金が大きく変動すること、保険の解約は満期前のいつでも可能であること。)を説明し、更に、特別勘定資産の運用実績が九パーセント、四・五パーセント及び〇パーセントの各場合の保険金及び解約返戻金の額について、保険設計書の中の表を示しながら説明した。
なお、前記契約申込書には、本件変額保険の契約申込書であることが明記されており、また、前記「ご契約のしおり」には、本件変額保険に関するものであることが表紙に明記されており、続いて、「特徴としくみについて」として、「ニッセイ変額保険(有期型)は、主契約の保険金額が資産の運用実績に基づいて増減する仕組の保険です。(定額保険では、主契約の保険金額が資産の運用実績により増減することはありません。)」、「特別勘定資産の運用実績に応じて主契約の保険金額が増減します。死亡、所定の高度障害状態になられたときには、運用実績に応じた死亡・高度障害保険金をお支払いします。また、運用実績が下まわった場合でも、ご契約の際に定めた基本保険金額は保証します。満期を迎えられますと、運用実績に応じた満期保険金をお支払いします。なお、満期保険金については、死亡・高度障害保険金とは異なり最低保証をいたしませんので運用実績によっては、お受け取りになる満期保険金額はご契約の際に定めた基本保険金額を下まわることがあります。」との記載があり、更に「ニッセイ変額保険(有期型)のしくみはつぎのとおりです。」として、契約時に定める死亡・高度障害の際の基本保険金は最低保証されるが、保険金は、運用実績により増減する前月末の積立金をもとに毎月一日に計算され変動し、それに応じて、満期保険金額も変動し、前記基本保険金を上回る場合もあれば、これを下回る場合もありうることをグラフで示した上、三五歳の男性における、二〇年払込、二〇年満期、基本保険金一〇〇〇万円の契約例につき、「特別勘定資産の運用実績」として、経過年数(三年、五年、一〇年、一五年及び二〇年)に応じて、運用実績が九パーセント、四・五パーセント、〇パーセントの各場合につき、死亡高度障害保険金及び解約払戻金がいくらになるかが記載された表があり、「下記の数値は、例示の特別勘定資産の運用実績が保険期間中一定でそのまま推移したと仮定して計算したもので、実際のお受け取り額は運用実績により増減します。したがって、将来のお支払額をお約束するものではありません。」との記載がある。
また、佳子は、太田が保険料額及び保険金額の算出に使用していた昭和六二年当時の被告日本生命の外務員教育用教材の表を見て、参考にコピーさせてほしい旨述べたため、太田は、変額保険(三年払込、一〇年満期、全期前納)の九パーセント運用例につき、コピーを許した(≪証拠省略≫)。
佳子と仲野は、原告の経済状態や今後の見通し等につき相談した上で、各契約とも保険金額一億円、保険料約七〇〇〇万円で申し込むこととした。太田は、持参した契約申込書の保険金額欄及び保険料額欄を各訂正の上、佳子に交付し、原告代表者に記名捺印してもらうよう求めて、その日はそのまま辞去した。
(五) その後、佳子から、「本件保険契約を締結したいので、四月三〇日に来てほしい。その際、原告代表者に対し、挨拶してほしい。」旨の申し出があった。
太田は、昭和六二年四月三〇日、原告本社を訪れ、原告代表者と面談の上、本件保険契約の締結につき意思確認を行い、その承諾を得て、本件契約申込書に代表者の記名捺印がされたものを受領した(≪証拠省略≫)。
太田は、この際、原告に対し、前記「ご契約のしおり」を交付した。また、太田は、佳子から、利回り年九パーセントの運用益を出した場合の本件保険の解約返戻金が具体的にいくらになるかなどにつき説明を求められたため、五〇歳例につき、一般的な説明をしながら金額をメモ書きしたものを交付した(≪証拠省略≫)。
なお、このころ、太田は、原告に本件保険契約締結の見込みがあることを被告銀行に対し報告に行ったが、その際、太田は、瀬戸崎から、本件保険契約に関する保険料が被告銀行から融資されるものであることを初めて聞かされた。
(六) 原告は、昭和六二年四月三〇日、被告銀行から金一億四〇〇〇万円を、貸付期間五年、利息年四回払いの約定で、借り受けた(本件融資契約)。
(七) ところで、被保険者を真司とした本件保険契約二の契約申込書(≪証拠省略≫)には、真司の生年月日につき誤記があったため、太田は契約申込書を改めて作成して原告に交付し、真司が保険診査のために被告日本生命の事務所を訪れた昭和六二年五月二三日に、右の新しい契約申込書の提出を受けた(≪証拠省略≫)。
右の新しい契約申込書の提出のため、本件保険契約の成立が遅れたが、被告銀行においては、同月二七日、本件融資契約の返済期限を昭和六七年四月三〇日から同年五月三一日に変更する旨の申請が、三宮支店長の金子の名で被告銀行本部宛になされ、右申請は同二九日に認可された(≪証拠省略≫)。
(八) 太田は、昭和六二年五月二八日、原告に対し、ファックスで、本件保険契約の保険料支払につき、第一回保険料(本件保険契約一につき二四九五万三〇〇〇円、同二につき二四六五万三〇〇〇円、合計四九六〇万六〇〇〇円)を同年五月三〇日振出、被告銀行三宮支店渡りの小切手で用意するよう送信した(≪証拠省略≫)。
太田は、昭和六二年五月三〇日、保険料受領のため、原告本社を訪れた。その際、太田は、佳子から「五年後に精算ですね。」と言われ、また、そのころには被告銀行から原告に対する融資の返還時期は五年である旨聞いていたので、佳子に言われるままに、先に太田がファックスした連絡を原告が受信した書面(≪証拠省略≫)に「精算は五年後の昭和六七年五月末日となります。」と記載した。
太田は、同日、原告から本件保険契約の保険料を小切手で受領し、原告に対し第一回保険料充当金領収書二通(≪証拠省略≫)を交付した。
(九) 本件保険契約は、昭和六二年六月一日を契約日として成立した。
3 その後の経緯
(一) 質権設定契約及びその承認
原告、佳子及び真司は、平成元年五月一五日、被告銀行との間で、本件保険契約に関して原告が被告日本生命に対し有する一切の請求権につき質権を設定し、被告日本生命は、同月二二日、右質権設定契約を承認した(≪証拠省略≫)。
(二) 被告日本生命からの本件保険契約に関する通知
被告日本生命は、原告に対し、本件保険契約締結日の一年後から毎年契約応当月の中旬ころ、当該保険の種類、保険金額、解約返戻金額及び直近の一年間の変動保険金の変動状況を記載した「契約内容のお知らせ」なる書面を送付していた(≪証拠省略≫と同じもの)。また、毎年八月には「変額保険(特別勘定)決算のお知らせ」を送付していた(≪証拠省略≫と同じもの)。
ところで、被告日本生命の変額保険特別勘定の年度末における運用収支状況は、昭和六三年度には二三〇億円余、平成元年度には三〇八億円余の各利益があったものの、平成二年度には一二億円余、平成三年度には一二三六億円余、平成四年度には一一億円余の各損失となった。もっとも、平成五年度には二七一億円余の利益に転じた(≪証拠省略≫)。
しかし、原告からの被告日本生命に対する右内容に関する問い合わせや抗議は、平成四年に至るまでなかった。
(三) 原告は、被告銀行に対し、昭和六二年一〇月三一日から平成四年四月三〇日にかけて、本件融資契約に基づく利息として、別紙一覧表≪省略≫記載のとおり、総額金三三九二万二一五九円を支払っていた。
4 なお、原告は、被告銀行による一時払い養老保険による運用案提示により、原告が「被告銀行に対して融資金の利息を支払っても利益がある一時払い養老保険に加入する」ものと誤認していたにもかかわらず、被告らは、原告に対し、変額保険に加入させたと主張し、右主張に沿うものとして、証人黒岡佳子及び同仲野広巳の証言がある。
しかしながら、本件保険契約の勧誘の場には仲野税理士が立ち会っていること(もっとも、証人仲野広巳は、右立会いの趣旨につき、仲野税理士としては、原告から、保険への加入の是非の観点ではなく、保険への加入を前提した税務対策の観点から相談を受けたため、右立会いをした旨証言するが、この点は、証人黒岡佳子が、自らは保険に加入すべきかどうかが判断できないので、この点につき仲野税理士に相談した旨証言していることに照らして、措信し難い。)、本件保険契約の申込書(≪証拠省略≫)には契約内容が変額保険である旨明記されていること、右申込書には「ご契約のしおり」を受領した旨の原告会社印による受領印も押されていること、被告銀行との間の質権設定契約に基づき原告が裏書した本件保険契約の保険証券(≪証拠省略≫)にも変額保険である旨が明記されていること等の各事実からすると、佳子及び仲野税理士が、本件保険契約が一時払い養老保険であると誤認していたとは到底考えられないし、この点は、証人太田敏夫の証言に照らしても、認め難く、佳子及び仲野税理士の前記各証言は採用することができない(≪証拠省略≫(≪証拠省略≫によれば、≪証拠省略≫の手書部分は佳子の作成に係るものと推認できる。)も右判断を覆すに足りるものではない。)。
三 被告らの共同不法行為に関する原告の主張について
1 変額保険及び保険会社等が負う義務について
変額保険は、保険契約者から払い込まれる保険料積立金を特別勘定として運用し、その運用実績に従って保険金額及び解約返戻金額を変動させることを内容とする生命保険契約であり、わが国においては昭和六一年一〇月から販売が開始された。変額保険の資産運用は、収益性を重視して、専ら上場有価証券に投資して資産の評価益又は売却益を追求する方法でなされるため、経済情勢や運用状況により高い収益が期待できる反面、株価等の変動によるリスクも負うことになる、ハイリスクハイリターンの商品である。そして、右のリスクは、定額保険のような保険者ではなく、保険契約者が負担する。右のような変額保険の運用方法及び運用実績につき、定額保険との区別を明確にするため、定額保険に関わる一般勘定とは別個の「特別勘定」が設けられており、変額保険契約においては、特別勘定に属する資産(特別勘定資産)の運用実績に従い、各契約に関わる積立金の額が変動し、それに応じて各契約の保険給付額(保険金額又は解約返戻金額)が変動する。
このように、変額保険は、有期型の満期保険金につき最低保証がなく、また、解約返戻金額も日々変動して最低保証がないのであるが、その反面、インフレーションの進行により保険給付額が実質的に目減りすることを防止し、資産運用実績を明確に保険契約者に還元するという機能もある。また、変動保険金額がマイナスの場合でも、死亡保険金の額は基本保険金額と同額とされ、最低保証がなされている。したがって、その加入に当たっては、まず、顧客自身において、保険会社又はその保険募集人(以下「保険会社等」という。)が提供する情報等を参考にして、自らの責任で、当該保険の危険性の有無、その程度、自分にそれに耐えうる財産的基礎があるかどうかを判断するべきものである(自己責任の原則)。
しかし、保険会社等には募集資格の限定等法制度上特別の地位が与えられていること、生命保険については従前の定額保険のイメージが圧倒的に強く、生命保険である変額保険の「危険性」は通常の顧客には当然に理解できるものではないことからすると、保険会社等の提供する情報や助言等が顧客に対する役割は大きく、それに対する顧客の信用は保護するに値するものといい得る。
生命保険募集人等の行う募集行為を取り締まり、保険契約者の利益を保護すること等を目的とする募取法が、その一六条において、虚偽の説明の禁止、契約条項の不完全説明の禁止、特別利益提供の禁止等募集行為そのものに関する規制を行い、更に、大蔵省の各生命保険会社社長宛通達「変額保険募集上の留意点について」(昭和六一年七月一〇日付蔵銀第一九三三号)が、将来の運用実績について断定的判断を提供する行為を変額保険募集上の禁止行為として遵守徹底することとしているのも、同様の趣旨に基づくものということができる。
右法律及び通達は、公法上の取締法規としての性質を有するに過ぎないため、保険会社等の顧客に対する勧誘が右規定に形式的に違反したからといって、直ちに私法上も違法と評価されるものではない。しかし、前記のような生命保険に対する一般的認識からは、変額保険につき顧客保護の要請が強いと考えられること(変額保険の募集につき前記通達が特になされた趣旨も右の点にあったと考えられる。)等からすると、保険会社等が変額保険への加入を勧誘するに当たっては、顧客の判断に資するため、変額保険の性質に関する客観的かつ正確な情報を提供し、顧客の意向、投資経験及び資力等に適合した加入契約がなされるよう十分配慮すること(適合性の原則)が要求され、顧客が変額保険に伴う危険性につき的確な認識形成を行うことを妨げるような虚偽の情報又は断定的判断等を提供してはならないことはもちろん、右適合性の原則を踏まえ、信義則上、顧客が保険加入に当たり認識することが不可欠な、当該変額保険の内容の概要及び当該取引に伴う危険性につき説明する義務を負い、少なくとも、有期型変額保険の満期保険金及び解約返戻金には最低保証がないことを顧客に対し説明する義務を負うものと解するのが相当である。
そして、右義務が遵守されたか否かは、当該顧客の職業、年齢、財産状態、投資経験その他、当該保険加入がなされた特定の具体的状況の如何に応じて、具体的に検討されるべきであり、右義務違反があれば、保険会社等による変額保険加入への勧誘は社会的相当性を逸脱し、私法上も違法なものとして不法行為を構成しうるというべきである。
2 太田の勧誘の違法性の有無
前記二の認定のとおり、太田は、本件保険契約締結の勧誘に当たり、佳子に対し、パンフレット、保険設計書、「ご契約のしおり」及び保険契約申込書を各交付した上、変額保険の危険性につき、変額保険が特別勘定を設けて株式等に投資して運用するものであること、その保険金及び解約返戻金の額が右運用の結果により大きく変動すること(証人太田敏夫の証言中には、佳子に対し、変額保険に払込保険料の元本割れの危険性があることを口頭で告知しなかったとの内容の部分もあるが、前記パンフレット、保険設計書及び「ご契約のしおり」等を一読すれば、通常人であれば、変額保険においては保険金額及び解約返戻金額に最低保証のないことは容易に理解できることは明らかである。)を説明していた。
また、原告は、株式会社であり、また、実際に説明を受けた佳子も、原告の専務取締役として、長年原告の経理等を担当してきた者であり、なおかつ、佳子は、太田に対し、原告に対する適切な助言を期待できる仲野税理士が立ち会いの下で本件保険契約につき説明してほしい旨依頼し、太田はそのとおり仲野税理士の立ち会いの下に説明を行っていた。したがって、原告は、本件変額保険につき適合性を有し、その加入の可否につき判断する能力を有していたということができる。
よって、太田の原告に対する本件勧誘は、前記三1の説明義務の内容に照らしても適切であって、義務違反はなく、何らの違法性も認められない。
3 被告銀行が本件保険契約につき負うべき義務について
(一) 銀行又はその営業担当社員(以下単に「銀行」という。)は、顧客との間で特に投資顧問契約を締結したような場合は格別、一般に、融資先顧客に対し、融資契約上の付随義務又は信義則上の義務に基づき、融資金の運用につき適切な助言を行う義務を負うものではない(ましてや、確実な利益が上がるような指示を行う義務を負うものではない。)。
本件において、被告銀行の瀬戸崎は、当初は一時払い養老保険、その後変額保険による融資金運用案を提示しているが、右は単なる案の提示に止まるものであり、これをもって原告との間で投資顧問契約又はそれに類する関係が生じていたということはできない。
(二) 前掲≪証拠省略≫によれば、原告と被告銀行との間においては、本件融資契約に基づく融資実行の時点で、右融資金が変額保険により運用されることが定まっていたとの事実が認められる(原告は、一時払い養老保険により運用されると誤信していたと主張するが、右事実は認められない。)が、当該変額保険の具体的内容につき原告と被告銀行との間に協議があったとの事実は認めるに足りない。そうすると、原告が被告日本生命との間でいかなる変額保険契約を締結するかは、原則どおり、保険契約の当事者である原告と被告日本生命との協議で定まったものであると推認できる。被告銀行は、本件変額保険の内容やそれに対する協議に容喙しなかった以上、原告に対し、その加入しようとしている保険の内容につき説明し(あるいは、内容につき十分理解できないときは、その点を調査した上で説明し)た上で、原告の融資を受ける意思を再確認する義務を負うものではない。
被告銀行又はその担当者としては、顧客である原告の意思や融資目的を最大限尊重し、自らの貸金回収のため、原告の資産や返済能力を把握して融資の可否を決すれば足りるのであって、原告が本件融資契約締結を決意した理由やそれまでの被告日本生命との具体的な交渉経過等を熟知する必要はないし、ましてや本件変額保険の原告に対する当否を検討して原告に警告する義務、自らのよく知らない投資対象による運用を阻止し、被告日本生命の社員に問い合わせる義務等があるとすることはできない。
(三) 原告は、本件融資契約上の付随義務又は右契約上の当事者間における信義則上の義務として、被告銀行が原告に対し本件変額保険の性質及び危険性につき説明する義務を負うと主張する。
しかし、顧客が銀行との間で締結する融資契約と、保険会社との間で締結する保険契約とは、本来全く別個の契約である。したがって、銀行は、原則として、融資契約上の顧客が保険契約を締結するに当たり、同人に対し、融資契約上の付随義務、又は、融資契約上の当事者間の信義則上の義務として、当該保険契約の対象である保険の性質又は危険性につき説明する義務を負うものではない。
ただし、銀行との間の融資契約が、その融資金をもって保険契約を成立させることを前提として成立していたような場合には、右原則とは別途の考慮が必要となると考えられる。しかし、仮に右のような場合であっても、銀行が顧客に対し行う融資は、保険の性質や危険性とは直接の関係を有していないから、顧客に対する保険の性質や危険性についての説明義務は、保険加入を勧誘し保険契約の当事者(保険者)となる保険会社等が一次的に負うべきものであり、銀行が融資先顧客に対し当該融資金による投資対象の説明義務を負うのは、保険会社が右顧客に対しなすべき説明義務を十分に果たさず、かつ、銀行が保険会社の右義務違反を明確に認識し得たときに限られるというべきである。仮に顧客が保険会社の欺罔により保険契約につき誤解していたような場合であっても、銀行が右誤解を認識し、かつ右誤解が保険会社の欺罔によることを認識し得た状況がない限り、銀行が顧客に対し右誤解を解消する義務を負うことはないというべきである。
他方、銀行と保険会社が、顧客に対し、こもごも融資と保険加入とを一体的契約として扱いつつ勧誘をしていたり、銀行と保険会社が事実上協力し合って、融資と当該保険をセットにした一体的な商品開発や勧誘をしていたなど、融資契約の成立が融資金の投資対象である保険契約の成立と不可分一体の関係(互いに一方が成立しなければ他方も成立しない関係)にあった場合には、融資が当該保険の性質や危険性と直接の関係を有しているということができるから、銀行も顧客に対し当該保険の性質及び危険性に関する説明義務が発生するというべきである。
前掲≪証拠省略≫によれば、本件融資契約は原告の本件保険契約締結を前提としていたものと一応認めることができる。しかし、本件保険契約が締結されなければ本件融資契約の成立の余地がなかったとまでは認めることができず、また、前記二の認定のとおり、太田には説明義務の違反はなかったのであるから、右によって直ちに被告銀行が原告に対し説明義務を負うものではない。そして、顧客の融資目的に対し銀行の査定が行われた上で融資が実行されることは、融資取引一般に見られることであり(なお、念のため付言するに、右査定は融資契約上の銀行の義務ではないから、仮に右査定が結果的に誤りであったとしても、融資を受けた顧客が銀行に対し、右査定の誤りにつき何らかの義務違反を問いうるものではない。)、また、被告銀行と被告日本生命が変額保険に関して業務提携をしていたり、事実上協力し合って、融資と変額保険をセットにした一体的な商品開発や勧誘をしていたものと認めるに足りる証拠はないから、本件融資契約と本件保険契約とが前述のような不可分一体の関係にあったものということもできない。
(四) 以上の検討のとおり、被告銀行が本件保険契約につき負うべき義務として、原告の主張するところはいずれも理由がない。
4 以上によれば、その余の点につき判断するまでもなく、被告らの共同不法行為に関する原告の主張は、いずれも理由がないことに帰する。
四 錯誤に関する原告の主張について
原告は、右契約締結当時、本件保険が一時払い養老保険でなく変額保険であることを知らず、また、本件保険契約によって、被告銀行に対する借入利息を払ってもなお運用益を取得することができ、損失を被ることはないものと誤信していたと主張するが、前記二の認定によれば、右事実は認められない。
したがって、本件保険契約が原告の錯誤により無効であるとの原告の主張は理由がない。
五 詐欺に基づく本件保険契約の取消に関する原告の主張について
原告は、太田が、原告が被告銀行との間で本件融資契約を締結した趣旨目的を十分配慮した上で、万が一にも原告が損失を被らないように、適切な種類の保険を選択することをせず、また、原告に対し、変額保険の性格及びその危険性について十分に説明告知しなかったと主張するが、前記二の認定によれば、右事実は認められない。
したがって、本件保険契約が被告日本生命の詐欺に基づくとの原告の主張は理由がない。
六 本件融資契約上の利息等支払義務に関する原告の主張について
原告は、本件の経緯からすると、本件保険契約は、被告銀行の責に帰すべき事由によって無効であるから、本件保険契約上の保険料が被告日本生命から返還されるまでは、本件融資契約上の利息等は履行期が到来していない、仮にそうでないとしても、原告は、被告銀行の不法行為により、右利息等相当額の損害賠償請求権を有している、と主張するが、前記五のとおり、被告銀行は、原告に対し、本件保険契約に関し義務違反などないから、右は主張自体失当である。
また、原告は、本件融資契約は動機の錯誤により無効である、と主張するが、前記二の認定のとおり、本件融資契約上の融資金の運用対象が変額保険であることにつき原告には何ら錯誤はなかったのであるから、原告の右主張は理由がない。
したがって、本件融資契約上の利息等支払義務がないことに関する原告の主張は、いずれも理由がないことに帰する。
七 以上のとおり、原告の請求はいずれも理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民訴法八九条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 中路義彦 裁判官 川谷道郎 横山泰造)